横浜地方裁判所 平成6年(行ウ)39号 判決 1998年6月24日
神奈川県藤沢市鵠沼松が岡三丁目九番一七号
原告
三浦良策
右訴訟代理人弁護士
福家辰夫
同
鈴木克巳
右訴訟副代理人弁護士
柏木栄一
神奈川県藤沢市朝日町一丁目一一番地
被告
藤沢税務署長 磯部喜久男
右指定代理人
竹村彰
同
井上良太
同
森口英昭
同
久保寺勝
同
大野武治
同
佐伯泰志
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の申立て
「原告の平成三年分所得税について被告が平成四年九月二九日付けでした重加算税賦課決定処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。」との判決
第二事実の概要
原告は、自己の所有する土地を譲渡し、その譲渡所得の金額及び納付すべき税額の計算上、租税特別措置法の特例の適用があるものとして、平成三年分の所得税の確定申告をした。これに対し、被告は、右特例の適用がないとして原告に修正申告を勧告し、原告はこれに応じて修正申告をした。被告は、さらに右の確定申告に係る所得税について、仮装隠ぺいがあったとして重加算税賦課決定(本件処分)をした。
本件は、原告が右の重加算税賦課決定の取消しを求めた事案である。
第三前提事実(争いのない事実)
一 本件土地の譲渡
原告は、平成二年八月三〇日、その所有する別紙物件目録(二)記載一の土地の一部一四三九・九四平方メートル(別紙図面(二)(乙九)の斜線部分。以下「本件土地」という。本件土地は後に分筆されて同目録(一)記載の土地となった。また、右分筆前の同目録(二)記載一の土地を「旧四二九五番一の土地」という。)をシミズ・ヒューマンケア・デベロップメント株式会社(以下「シミズ・ヒューマンケア」という。)に対し、代金八億七一七三万九六七六円で譲渡する旨の売買契約を締結し、平成三年四月三〇日までに代金全額を受領し、同日本件土地を右会社に引き渡した。
二 本件特例を適用した所得税の確定申告
原告は、平成四年三月七日に平成三年分の所得税について別表の順号1のとおり確定申告(本件確定申告)という。)をした。
右申告においては、本件土地の譲渡については、租税特別措置法(平成三年法律第一六号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三一条の三一項による特例(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例。以下「本件特例」という。)及び同法三五条一項による特例(居住用財産の譲渡所得の特別控除。以下「本件特別控除」といい、本件特例と併せて「本件特例等」という。)の適用があるものとされていた。
三 修正申告
本件特例等は、居住用家屋及びその敷地の用に供されている土地を譲渡した場合等に適用されるものであるところ、本件土地の譲渡は居住用建物の譲渡を伴わないものであり、本件土地譲渡には本来本件特例等は適用されないはずであった。そこで、被告は、本件特例等の適用のないものとして納税をするように修正申告を勧告したところ、原告はこれに応じて別表の順号2のとおり修正申告をした。
四 重加算税賦課決定(本件処分)
被告は、原告が本件特例等を受けられるように仮装隠ぺいをして、納付すべき税額を過少に申告したとして、平成四年九月二九日の別表の順号3のとおり重加算税賦課決定(本件処分)をした。
その後の課税の経過は別表のとおりである。
第四当事者の主張と争点
一 被告の主張
1 本件確定申告における虚偽事実の存在
原告は、本来本件特例等が適用されないはずの自己の平成三年分の所得税確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)の提出に際し、本件特例等を適用し、(1)本件土地の譲渡に係る売買契約書の写し、(2)本件土地の地積測量図及び(3)被告から回答方を依頼された「譲渡内容についてのお尋ね」に対する回答書(以下「本件回答文書」という。)を添付した。
そして、原告は、本件回答文書には、実際には譲渡されていないはずの原告居住の建物(以下「本件建物」という。)が本件土地と共にシミズ・ヒューマンケアに対して譲渡されたかのように記載し、右地積測量図には、本件土地上には位置しない本件建物(本件土地と本件建物の位置関係は別紙図面(一)のとおりである。)についてその約三分の二の部分が本件土地上に位置するかのように記載した(そのように記載された図面が別紙部面(二)であり、これを以下「本件建物記入地積図」という。)
2 国税通則法六八条一項の仮装、隠ぺいの意義
重加算税賦課制度は、各種の加算税を課すべき納税義務違反が課税要件事実の隠ぺい仮装によって行われた場合に、違反者に不利益を負わせることにより、違反の防止及び徴税の実を挙げようとする趣旨の行政上の制裁措置であり、義務者(義務者から依頼を受けた第三者を含む。)による仮装、隠ぺいの事実とその結果としての過少申告などの事実があれば足り、申告に際し、仮装、隠ぺいした事実に基づいて申告する認識としての故意は不要である。
3 虚偽事実の仮装についての原告側の認識
(一) 本件土地を含む別紙物件目録(二)記載一から八の各土地(これら一団の土地を以下「本件一団の土地」という。本件一団の土地の位置関係は別紙図面(三)のとおりである。)は開発事業の対象地であったところ、原告は、事業の実行は遅れるであろうと予想し、開発事業の目途が立つまでは本件建物に居住することとし、本件土地譲渡に関し、本件建物は譲渡しないこととしていた。したがって、原告は、本件建物が譲渡されていないこと及び本件土地上には本件建物が存在しないことを明確に認識していた。
そして、本件回答文書は原告が下書きをした上で知人の高柳直(以下「高柳」という。)に作成を依頼し、本件建物記入地積図には原告が本件建物の位置を記載した。
このように、原告は、本件確定申告に際し虚偽(本件では、「虚偽」の語を単に誤っているということを意味するものとして使用する。したがって、故意に誤らせるかどうかは別である。)事実を仮装することを十分認識していた。
(二) のみならず、諸般の状況から判断すると、原告は、本件土地の譲渡については本件特例等の適用を受けることができないことも認識していた。
(三) したがって、原告は、本件確定申告に際し虚偽事実を仮装することにより税額を過少にする認識もあったというべきである。
4 本件処分の適法性
以上のとおりであるから、被告が国税通則法六八条一項の規定に基づき原告の平成三年分の所得税についての修正申告書の提出に伴い原告において追加して納付すべき所得税額のうち本件特例等を適用しないことにより増加した所得税額八五二一万円(国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満切捨て)に一〇〇〇分の三五の割合を乗じた二九八二万三五〇〇円の重加算税を賦課決定した本件処分は、適法である。
二 「被告の主張」に対する原告の認否
1 「被告の主張」1は、認める。ただし、虚偽の事実に基づく申告は誤ってされたものであり、故意にしたことではない。
2 同2は、争う。
3 同3について
(一) 同3(一)のうち、本件一団の土地が開発事業の対象地であったこと、本件土地譲渡に際し本件建物は譲渡しないこととしていたこと並びに本件建物が譲渡されていないこと及び本件建物の大半が本件土地上にはないことを知っていたことは認め、その余は否認する。
(二) 同(二)(三)の事実は否認する。
4 同4は、争う。
三 原告の主張
1 本件確定申告に際しての原告の認識
原告は税法について詳しい知識を持たず、また本件土地は居住用に使用されてきた本件建物の敷地であり、社会通念上本件建物と一体として利用されているものであるから、原告は、本件土地の譲渡には当然に本件特例等の適用が受けられるものと誤信していた。そこで、原告は、高柳にその旨の希望を付して本件確定申告書の作成及び提出を任せたのであり、原告に虚偽事実の仮装の意思はなかった。そして、高柳は、細かい点は原告に確認せずに、誤って本件確定申告書、本件回答文書及び本件建物記入地積図等を作成したのであり、同人にも虚偽事実の仮装の意思はなかった。
2 国税通則六八条一項の仮装、隠ぺいの意義
国税通則法六八条一項に定める重加算税を課すには、納税者本人が依頼者に虚偽事実の仮装又は隠ぺい行為を教唆し、あるいは依頼人による仮装隠ぺいを知って容認するなど、本人の積極的な関与が必要である。納税者本人に仮装隠ぺいの故意がないのに安易に国家が多額の税を加算して徴収することは、国税通則法六八条一項の趣旨を超えるものというべきである。
3 本件処分の違法性
よって、本件処分は違法であり、取り消されるべきである。
四 主な争点
1 重加算税賦課決定の要件としての仮装隠ぺいの意義
2 本件確定申告における虚偽事実についての原告の認識の有無
第五 争点についての当裁判所の判断(証拠により認定する事実については、認定事実の末尾に認定に供する主な証拠を略記する。複数回の口頭弁論にまたがって証拠調べが行われた調書については、一回目の口頭弁論で行われた分を<1>のように略称する。一度認定した事実及び争いのない事実は、後に引用する時は原則としてその旨をことわらない。)
一 重加算税の成立要件
国税通則法六八条一項は重加算税賦課決定について定めているが、重加算税は納税義務に違反した者に対する行政上の制裁措置であり、刑事責任を定めたものではないから、その手段としての仮装隠ぺい行為と結果としての過少申告の事実とがあれば成立するものであり、手段行為・結果・その間の因果関係のすべてを認識して仮装隠ぺい行為に及んだ場合に初めて成立するというまでのものではないと解するのが相当である。(最高裁昭和四五年九月一一日第二小法廷判決・刑集二四巻一〇号一三三三頁、最高裁昭和六二年五月八日第二小法廷判決・訟務月報三四巻一号一四九頁参照)。そして、重加算税が右のような行政的な制裁であるということからすると、納税者本人が自ら仮装隠ぺい行為に及んだ場合だけでなく、納税者本人の指示に基づき本人から依頼を受けた第三者が事情を知らずに言われるままに行為し結果的に虚偽事実に基づく申告がされた場合(最高裁平成七年四月二八日第二小法廷判決・民集四九巻四号一一九三頁参照)や、本人から依頼を受けた第三者が仮装隠ぺい行為に及んだ場合にも、本人に重加算税が成立すると解するのが相当である。ただし、仮装隠ぺいに該当するというためには、本人又は本人から依頼された第三者が申告に際し虚偽事実(誤った事実)をもって申告することの認識、すなわち仮装隠ぺいの故意をもって行ったということは必要であり、それがなく結果的に不注意により虚偽事実をもって申告したという場合には仮装隠ぺいがないために重加算税は成立しないというべきである。
なお、法律的な争点となった重加算税の要件についての当裁判所の見解は右のとおりであるが、二以下の事実認定を踏まえると、結局のところ、本件は、この成立要件に関する原告の見解によっても、重加算税を課せられることになる事案であったと思われる。
二 虚偽事実の存在
本件確定申告においては、本件建物の譲渡がないにもかかわらず、それがあったかのような虚偽の事実に基づいて申告がされた。また、本件建物は本件土地上には位置しないにもかかわらず、本件建物の大部分が本件土地上に位置するかのような虚偽の事実に基づいて本件確定申告がされた。(前記第四の一、二のとおり争いがない。)
三 虚偽事実についての認識の有無(虚偽事実に基づく申告がなされた理由・経緯)
1 原告の経歴と税務についての知見を窺わせる事情
原告は、昭和四年二月九日に生まれ、同二五年に慶応大学経済学部を卒業し、同二六年に竹中工務店に就職し、平成二年に同社を退社し、退社後は妻の稔子が代表取締役をしている株式会社三浦エンタープライズ(以下「三浦エンタープライズ」という。)に勤務し、平成八年二月横浜倉庫株式会社の監査役に就任している。(原告本人<1>調書一・二頁)
2 本件事業の合意
原告は、平成二年五月ころ、老人ホームの事業を計画しているシミズ・ヒューマンケアとの間で、同社に本件土地を譲渡する旨の合意(以下「本件事業合意」という。)をした。(甲一)
本件事業合意は、原告及び三浦エンタープライズ所有の一団の土地(本件一団の土地)の総面積の四五パーセントに相当する部分をシミズ・ヒューマンケアに譲渡するというもので、本件土地はその譲渡土地部分に含まれるものであり、合意時には旧四二九五番一の土地の一部であった。(甲一)
3 本件土地の区分と本件建物の位置関係
原告は、本件土地の範囲を区分するため、平成二年五月ころ、稲葉龍三郎測量士(以下「稲葉測量士」という。)に分割の境界線確定のための測量を依頼した。
原告は、測量に立ち会い、本件一団の土地のうち、シミズ・ヒューマンケアに譲渡する土地とその余の土地との境界線の基点(甲三のいわゆるC測量図のd点)の位置を指示した。(原告本人<4>調書二ないし四頁)。稲葉測量士は、右測量の直後である同月一六日、旧四二九五番一の土地から本件土地部分を区分した測量図(いわゆるC測量図)を作成し、その後、本件確定申告前に、右測量図を原告に交付した(証人稲葉調書二四・二五頁)。
また、原告は、本件建物を以前に増築していたにもかかわらず、その表示登記の変更登記をしていなかったことから、右変更再登記申請を稲葉測量士に依頼し、同人は、平成二年六月六日、右依頼に係る変更登記申請の調査測量として本件建物の位置を測量し、右測量の結果としていわゆるB測量図(甲四)を作成した。なお、この図面は、昭和六二年ころに稲葉測量士が作成した図面(甲二。いわゆるA測量図)に、建物の位置を書き加えたものであった。B測量図によれば、本件建物は本件土地の上に位置するものでないと記載されていた。稲葉は、その後、本件確定申告前に、右測量図を原告に交付した(証人稲葉調書三〇・三五・五八・五九頁)。
4 本件土地の譲渡と分筆登記
本件土地は、平成二年八月三〇日にシミズ・ヒューマンケアに売却された。その際土地の特定はいわゆるC測量図面(甲三)の写し上で当該部分に斜線を施しこれを売買契約書(甲七)に添付する方法により行われた。また、右の売買契約書上は、売買の対象不動産としては、本件土地だけが表示され、本件建物は表示されてはいなかった。そして、本件土地は、同年一〇月一日に旧四二九五番一から分筆され、四二九五番三となり(乙一二)、平成三年四月三〇日シミズ・ヒューマンケアに引き渡された。
5 本件建物の状況
原告が本件土地をシミズ・ヒューマンケアに譲渡した当時、本件土地の東に隣接する宅地(旧四二九五番一の土地から本件土地を除いた部分)には、本件建物が存在し、原告らは、右建物に居住していた(原告本人<2>調書七から一〇頁)。
6 虚偽事実についての認識
原告は、測定点dを書き入れたC測量図が本件建物の位置を考慮せずにシミズ・ヒューマンケアに対して譲渡する土地を割合的に区分するために作成され、その後に本件建物位置を記載したB測量図が作成されたから、本件建物の位置に関して悪意ではなかったと主張したいようである。しかし、両図面の作成経緯が右のとおりであるとしても、原告は、本件建物のほとんどは本件土地上に位置するものではなく、せいぜい屋根の張り出し部分が一部の箇所で四〇センチメートル程本件土地に入っているかもしれないこと、及び原告がシミズ・ヒューマンケアに対して譲渡したのは本件土地だけであり、本件建物が譲渡対象とはなっていなかったことを十分知っていたのであり、、このことは原告の自認するところである。よって、原告の右主張は採用できない。
7 虚偽事実に基づく本件確定申告とそれがなされた理由
(一) 前記のとおり本件確定申告書は本件特例等の適用を前提とし、本件建物記入地積図には別紙図面(二)記載のとおり本件建物の約三分の二が本件土地上に存在しているかのような記載があり、本件回答文書にはシミズ・ヒューマンケアに対して本件土地と共に本件建物も譲渡した旨の記載があった。
(二) 原告の説明
なぜ、そのように虚偽事実に基づく確定申告がされたかについて、原告は、「本件回答文書及び本件建物記入地積図は、シミズ・ヒューマンケアとの売買契約の内容及び本件建物の位置について正確に認識している原告自身が作成したものではなく、右各事実について正確には認識していない高柳が作成した。高柳は、右各書類の作成に際して真実に反する記載をしているものとの認識をせず、また、原告も、高柳に本件確定申告を一任し、右各書類の点検をしなかったことから、右各書類の誤記にきづかなかった。」という趣旨の主張をしている。
(三) 原告の(二)の説明の不合理性
しかしながら、納税額がいくらになるかは納税者の財産状況に重大な影響を与え、また、虚偽事実に基づく確定申告がなされると、場合によっては重加算税の賦課を受け、多大な財産的負担を強いられることもあり得る以上、納税者が確定申告をする際は、その記載については十分注意を払うのが通常である。また、納税者からその確定申告についての委任を受けた者も、納税者本人にことわらずに虚偽事実に基づき納税者名義で申告すれば、納税者に多大な迷惑が及び半面自己には何らの利益にもならないのであるから、頼まれでもしない限り、納税者名義で虚偽事実に基づく申告をすることはあり得ないと考えられる。のみならず、不注意で誤った記載がされないようにする点でも、第三者は本人と同等以上に万全の注意を払うのが通常である。
したがって、原告から本件確定申告の依頼を受けた高柳も、特段の事情のない限り、依頼された本件確定申告に間違いがないよう十分注意したものと推認すべきである。しかも、高柳は、税理士ではないが税務に詳しく、過去にも継続して原告のために申告手続を代行していたのであり、今回原告から送ってもらった売買契約書(乙一〇)の「売買不動産の表示」に「建物」が入っていないことは当然ながら認識したのである(証人高柳<1>調書一〇・一一頁)。したがって、税務署からの「譲渡内容についてのお尋ね」に対する原告としての回答(本件回答文書・乙八)欄に、高柳が譲渡資産として「宅地建物」と、同文書の当該資産の購入に関する内容欄に土地のことだけでなく、建物の購入先欄及び購入年月日欄も記載した(証人高柳<2>調書四頁)というのは、極めて不可解なことといわざるを得ない。また、高柳は、本件建物の位置と本件土地の位置関係については把握していないし、現地確認もしていないが、本件建物が本件土地上にあるように自己において記載した図面(乙九)を本件確定申告書に添付した旨を供述する(証人高柳<2>調書六頁)。このことも、不可解なことである。
そして、(二)の原告の説明中、高柳が事実を正確に知らないという点は、高柳が右のとおり売買契約書等は見ていることからして、既に前提の事実関係において誤っている点があるというべきである。
また、本件土地譲渡が本件建物の譲渡を伴うかどうかは、本件特例等の適用の可否に結びつく極めて重要な事実であり、かつ高柳は、本件特例等の適用要件を十分認識していた(証人高柳<1>調書三六頁)のであるから、そのような重要な事実に関し虚偽に基づく確定申告をすることが持つ事柄の重要性は十分に承知していたということができる。そうすると、右の虚偽事実に基づく申告は高柳において原告に訊かずに勝手に行うといったことがあり得ないはずであり、高柳は何か特別の理由があってそのような重大な虚偽事実に基づく申告をしたといわざるを得ないのである。したがって、単なる高柳の不注意による過ちで虚偽事実に基づく本件確定進行がされたという(二)の原告の説明も到底採用することができない。
(四) 虚偽事実に基づく申告の意図
虚偽事実に基づく申告をした理由を訊かれた高柳は、「土地と建物の両方売ったと思っていた。」「当然建物が壊されるが、建物がここにあると…思い込みです。」「取り壊される建物の敷地を売るという理解から『建物』と書いた。」「思い違いで本件建物の位置を本件土地上にあるように図面に記載した。」(証人高柳<1>調書一〇から一四頁、同<2>調書七頁)という趣旨の説明にならない答えに終始している。これを単なる不注意というのは、(三)のとおり到底信用できないのである。それでは、理由は何かといえば、右の虚偽事実の対象が本件特例等が適用されるための要件に該当する事実であること、本件特例等が適用となると税額の点で相当な違いが出ることを高柳において知っていたこと(証人高柳<2>調書八頁)に照らすと、高柳は譲渡対象でない本件建物を譲渡したかのような虚偽事実があると認識しながら申告手続きを代行したのであるが、それは、高柳において原告から指示を受け、その虚偽事実を税務当局が真実と誤信すれば、本件特例等の適用が受けられることになると思ったからであると考えざるを得ないのである。すなわち、原告は、本件特例等の適用のない本件土地譲渡であるにもかかわらず、高柳に指示してその協力を得て本件特例等の適用があるかのように装い、税金を免れようとしたと解するほかに考えようがない。他に合理的に考えようがなく、かつ、そう考えるとすべての疑問が氷解するし、反対にそう考えることの障碍となる事情はないからである。
この点は、原告の本件譲渡所得の調査に当たった国税職員の諸富寅生(以下「諸富」という。)の調査記録に基づく記憶によっても、補強されるところである。すなわち、本件確定申告に疑問をいだいた諸富は、平成四年七月に原告宅を訪れると、譲渡されたはずの本件建物に原告が居住しているので、まずこれに驚き、ついで本件確定申告書の作成について質問すると、原告から「本件確定申告書は高柳が作成し、本件回答文書は原告が下書きをした上、高柳に作成してもらい、測量図に本件建物の位置を記入したのは原告である。」旨の説明を受けた(乙一七の一の問四・五・一五、証人諸富調書一三・一四頁)。まさに、原告の指示により原告の意図を知っている高柳が形式を整えて虚偽事実に基づく本件確定申告書の提出に協力したということが判明する。諸富との応接の点は、未だ原告が修正申告の勧告及び本件処分を受ける前のことであり、原告が税務当局から本件確定申告書に対して修正申告の勧告や更正処分を受けるかもしれないという不安な状態で、また高柳と十分には対応を練るまでに至らない状況で、問われたことに回答したところとして、相対的に信用性が高いといえる。原告は、右の諸富による応接の問答内容を否定する供述をしている(原告本人<4>調書一五から二一頁)が、説得的ではなく、信用できない。
四 本件処分の適否
三のとおり、虚偽事実に基づく本件確定申告は、誤ってそのような結果がもたらされたというにとどまらないのであり、原告が高柳に指示し、高柳が原告の意図したところに従いなされたのである。その意味で原告は、虚偽事実に基づく申告をすることを認識していたのであり、当該事実を仮装したということができる。
そして、右の事実が本件特例等が適用されるための要件に該当する事実であるから、このような事実が真実は存在しないにもかかわらずそれがあるかのように仮装するということは、その結果として過少申告となることをも認識していたということになる。すなわち、原告は、高柳に指示し、その協力を得て、本件建物の譲渡もあったかのように仮装し、これに基づいて本件土地譲渡についての所得税を過少に申告をすることを認識して本件確定申告書を提出したものということができる。
したがって、右の所得税に関し重加算税を賦課した本件処分に原告主張の違法はない。
五 結論
以上の次第であり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 裁判官 佐野信)
別紙 物件目録(一)
(ただし、平成三年四月当時の表示による。)
一 所在 神奈川県藤沢市鵠沼海岸五丁目
地番 四二九五番三
地目 宅地
地積 一四九三・九四平方メートル
別紙 物件目録(二)
(ただし平成二年五月当時の表示による。)
一 神奈川県藤沢市鵠沼海岸五丁目四二九五番一
宅地 二三三八・七二平方メートル
二 同所同番二
宅地 八三四・八二平方メートル
三 同所四三四五番
田 九九平方メートル
四 同所四九八六番一
宅地 一二〇六・四一平方メートル
五 同所同番二
宅地 三六・三六平方メートル
六 同所四九八八番四
宅地 一三二・二三平方メートル
七 同所同番五
宅地 一九八・三四平方メートル
八 同所五〇三六番
宅地 四二〇・一三平方メートル
別紙一
<省略>
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
別紙図面(三)
<省略>